2002西半球選手権レポート
WNCヨット部 安部賢司
今回、私達は3度目となる世界への挑戦をした。結果は11位だったが、貴重な体験をしたと思っている。いろいろなトラブルの中で集中力を切らさず、いかに実力を発揮するか、今回はそれを多く学んだと思う。この経験も、日頃からの皆様のご声援、ご支援のおかげである。この体験を今後に生かし、さらに成長していきたい。これからも変わらぬご支援ご鞭撻を宜しくお願いします。
レポートを下記に報告します。
練習
9/17・18
ボート受取り・練習
朝、ボートのオーナー(ギャビン)が私達のチャーターする艇をハーバーに持ってきた。オーナーとはメールではやりとりをしていたが、直接顔を会わすのは初めてだ。想像していたより優しく若い人だったので良かった。その後直ぐに艇の整備に掛かった。
艇の整備が比較早く進んだこともあり、午後から海上練習を行った。現地の海はさすがに外洋、波が高く波長が長かった。いつもの事だが我々は、まずこの波に戸惑う。私達は昨年・一昨年と海外レースを経験しているので、ある意味慣れっこのはずだが。この日はアメリカチームの練習に入れてもらい練習した。「アメリカは速いのは確かだが、そうでも無いな。」これが私達の感じた事だった。私達はアメリカチームと練習した。他の国のチームは、その国だけで固まり練習していた。そんなチームに対していつも思うのだが、自国だけで練習して意味はあるのかな?と思う。何故かというと、それらのレベルは、間違い無く世界でトップではないし、艇もチャーターの為、本当のスピード感覚が掴めてないはず、そんなチームが集まって練習しても効果は少ないのでは?それより、世界で強いと言われ、自艇参加の国と練習したほうが圧倒的に身につくものが違うのでは?というのが私の持論だからである。翌日、再び私達だけだが、ブラジルチームと合同練習した。ブラジルチームの中には現世界チャンピオンのパラデダや過去に二度西半球選手権を制したピメンタールがいる、いわゆる世界最強国だ。私達は練習の中で彼らの強さの秘訣を探ろうと、又、成長した私達を見せてやろうと必死で彼らの練習に食らいついた。私達は端から見ても昨年に比べて、成長していたと思う。スピードだけを取るとパラデダと互角であった。この練習後パラデダが、私達に話しかけてきた。チャンピオンが、私達に。今大会に対して緊張感を感じた。
計測・受付・開会式
9/20・21
受付・計測
大会受付と計測が行われた。この日私達にとって大変ショックな事が起きた。私達の艇がルール違反だと言う事だった。箇所はマストを取り付ける場所の位置が基準より3mm前にあると言うものだった。直ぐにオーナーのギャビンに連絡を取り苦情を伝えたが、彼はひたすら平謝り。原因はマストの老朽化によってマストのヒール部分が磨耗していたことにあった。この計測をパスするには、マストを取り付ける位置を変えないといけない。ではどう変えるか、マストの位置はピンで変えられる。しかしこの艇のピンの間隔は2cm間隔だ。マストの位置と言うのはスナイプにとって一番重要なポイントである。しかも2cm後方にずらすと言うのはこれからのレースで、明らかに不利となる。しかしパスしないとレースに出場できない。昨日までの好調が嘘になってしまう。必死に計測員やオーナーのギャビンにアピールしたが見とめられず、仕方なくマストを後方に位置を変えた。とても残念だった。
この時、日本企業の日本デンソー鰍フ鍋島さんという人と知り合った。彼はロス勤務で当ヨットクラブ員だという。学生時代は同志社大学で私達と同じスナイプ級に乗っていたらしい。彼が、必死になってアピールしていた私達の通訳を買って出てくれた。
翌日はセールが計測に引っ掛かった。マストにセール、ヨットにとって大事な二つが計測に引っ掛かった。幸いセールは予備を持っていたので予備セールを使うこととなった。9/22・23
プラクティスレース・開会式
計測で大きなトラブルがあったため時間が許す限り、練習や艇整備・チューニング変更に時間を費やした。少ない知識を振り絞って対策を考え実行した。それが見事にはまり、パラデダと互角とまではいかないが、調子は上向いてきた。
レース
9/24
第1レース
風が弱い中のレースだった。スタートから積極的にいったが、結果は21位。計測でトラブり、その後流れを呼び戻しつつある中でのこの順位。この結果は、残念だがまた気持ちを入れ換えようとペアで話し合った。9/25
第2レース
スタートから積極的に攻めた。レースは最初から最後まで集団をコントロールしての展開、順位は7位。再び自信を取り戻したレースだった。
第3レース
自信を取り戻したことで比較的楽な心理状態の中で戦えた。風は強風へと変化して来た。順位は12.5位。私達ともう1つのチーム(松崎チーム)が同着だったため、12位+13位÷2で12.5位となった。初めて経験した順位のつけ方だった。
残念なことが起こった。この日のレースが終わり、他チームの艇を陸揚げする際にペアの山近が腰を痛めた。良いことがあればまた悪いことがある。今大会は本当にその繰り返しであった。9/27
第4レース
私達はスタートから抜け出し優位にレースをすることが出来た。前半、二位は確定の位置。トップはパラデダ。パラデダとトップ争いだ。しかしやはり彼らは強い。十分なスピードで私達を振るい落としに来る。この勝負パラデダに軍配が上がった。しかしとても大きな経験だった。いろんなトラブルを抱えた私達にとっては十分過ぎる経験だった。その後私達のミスがあり順位を10位まで落としてしまった。
第5レース
スタート後私達は少し欲張ったレース展開をしたため前半戦は苦しい展開となった。順位も後方に位置していた。しかしいろんなトラブルや経験を乗り越えた私達は十分な集中力があった。そして私達だけが見付けることが出来たすじ状のブローを捕らえる。順位は一気にジャンプアップ!!フィニッシュ順位は8位。いろんな事が私達に集中力をつけてくれたのだろう。9/28
第6レース
山近の腰の状態が悪化し、また苦しい状況。しかし私達が常に考えていることがある。それは「どんな状況になってもベストを尽くす、ヨットというスポーツはあらゆる状況変化の中でベストを選択しそれを実行する。そして、それを秒刻みで繰り返し続けるスポーツだ。」と考えている。ベストを尽くしこのレースは9位。入賞が見えてきた。
第7レース(最終レース)
グッドスタートで大きくゲイン。しかし気を抜くことは出来ない。レース途中風が全く無くなってしまう。その後の風を私達は掴み損ね入賞は厳しくなった。しかし集中力は落ちることなく、最後までレースを全うすることが出来た。フィニッシュは11位。レース後、山近から「もう少しでも風が強くなったら、リタイヤも考えていた。」と告げられた。それほど腰の状態が悪かったらしい。私はそのことを忘れてしまっていた。山近に感謝した。
まとめ
私達は総合11位だった。優勝は地元アメリカのアーギー・ディアス。二位はブラジルのパラデダ、3位にブラジルの新鋭、4位に全米チャンピオン ジョージ・スザボー。
いろんな経験をさせていただいた今大会は、とても実り多いものだった。そして自分達で自分達の評価をするのはどうかと思うが、私達は今大会中、集中力を切らすことなく精一杯やったと思う。再びこの大会で、この満足感と結果が本当の意味で一致するようにしたいと思う。