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<第2回>マストのこと

今回は、マストのこと。皆さんが今まで読んでこられたチューニングガイド等では、マストについての書き出しは、「固いマストが***社の***モデルと***社の***モデル、柔らかいマストが***社の***モデルと***社の***モデルで…」という話で始まって、ペアの体重や好みによって固いマストか柔らかいマストを選択しなさい、などと書かれていたのではないでしょうか?。こんな書き方をされても、読んでいる方の殆どが「選択の余地なんかあるかい!今あるものしか使えないんや!」と感じられたのではないでしょうか。トップセーラーが「***社のマストは良い」と言ったって、同じマストを使おうとしても買うには高価。特に学生なんかはクラブの先輩が選んで買ったものの御下がりを使うしか仕方がなく、自分で使うマストを選択できるような環境をもっている方は極々僅かでしょう。そんな使いたいマストが使えない皆さんの解決策は一つ。お金を貯めて買うか、我慢する。

そういった解決策だけでは怒られるので、私のマストのセッティングの仕方や今までの経験をお伝えして、それが少しでも皆さんの問題解決に繋がれば幸いと思い、今回のテーマはマストにしました。

私はオクムラボートでも、ピアソンボートでも、プロクターミラクルのマストを採用しています。理由は柔らかいから。

なぜ柔らかいマストを選択しているのか?

私が思うに、スナイプという艇種は艇重量が重い割にはセール面積が小さい、でもセール面積が小さい割にはトラピーズもないので、すぐにオーバーパワーになってしまう。ですので、微風・軽風域では最大限のセールパワーが必要になりますが、強風域ではすぐにパワーダウンしてやらなくてはなりません。セールパワーの調整範囲の幅が大きくなくてはならないということです。そういう訳で、私は深いシェイプのメインセールと柔らかいマスト、ルーズなリグセッティングを採用することにより、セールパワー調整域を最大限にしようとしています。深いセールでMAXパワーをより最大にする。柔らかいマストと柔らかいリグセッティングにより、バングコントロール等で曲げたいところまでマストベンドさせることを可能にし、パワーダウンを実現させる。という考え方です。こうすると、順風域以下のパワーの必要な時は、バングやメインシートに余分なテンションを与えなければ、深いメインセールによって最大のパワーを発揮することが出来ますし、オーバーパワーになってくれば、バングシーティングによって、マストを曲げてメインセールを浅くしていき、パワーダウンしていく。あとはスプレッダーの長さやディフレクションを調整して、サイドベンドによるアンダーパワーを減らしたり、オーバーベンドを防いだりします。

私がこんな考え方になったのは初めからではありません。昔の私は浅いセールが好きでした。学生の頃とか社会人になって暫くの間は、昔のノースセールのYZ−7、今のV−7ですかね、そんな浅めのセールを採用しておりました。浅い方が風の流れはスムーズですし、強風時のハンドリングも楽ですから。ですが練習を重ねるうちに、「もっとパワーが欲しい、もっとパワーが…」と思い出しました。強風時のハンドリング技術や、バング等のコントロールロープによるパワーのアップ&ダウンの技術が向上したからでしょうか。練習を重ね、色々な知識や経験を蓄積することにより、今のような考え方に変わりました。これからもまた変わるかもしれませんが…。

ただ、この考え方にも欠点が一つ。ルーズリグで深いメインセールを採用すると、元々のプリベンドが殆どありませんから、バングやメインシートのテンションでマストを曲げてくる風域になるまではメインセールのドラフトの位置が非常に前方に位置してしまいます。メインセール自体がある程度のプリベンドがあることを前提に作られていますから、しょーがありません。これを改善しようと思えば、ルーズリグでもプリベンドがある程度出るセッティングを実現しなくてはなりません。その為に、私はマストヒールを削っています。このことは前回も少しだけ書きました。知っている人には常識的な方法なのですが、知らない人は全然知らない方法です。プリベンドを増やそうと思えば、マストヒールの底の前方部分を削ってやれば、マストヒールが接地している部分が後方側だけとなりますので、プリベンドが出易くなります。逆に後ろ側を削ればプリベンドを押さえることが出来ます。プリベンドの出方に困っている方は、一度試されたら良いかと思います。でも一度削ったマストヒールは元に戻すことが出来ないので、削るのが恐い人はマストヒールの下にアルミプレートなどを挟んでみましょう。プリベンドを増したい場合はマストヒールの後ろ側へ、プリベンドを押さえたい場合は前側へ。それでどんな変化が出るかを確認してから、削ってみたら良いかと思います。

ここで、しょーもない話題を一つ。マストヒールにアルミプレートを挟む、と前述しましたが、マストの長さというのはルールで限定されています。ですがマストヒールの下に何かを挟むことによって、マストの長さ、言うなればマストトップの位置を高くすることは可能です。勿論インチキですが、実際のレースでそこまでチェックされたことは今までないでしょう。恐らく、5〜10mm程度ならマストトップ位置を高くすることが出来、それだけ高いところの速度の速い風を受けることが出来ますので、オーバーパワーになるまでの風域では結構効果があると思います。でも皆さんは「5mmや10mmでどんだけ変わんねん?」と疑問を持たれるかもしれません。

99年のシーズン、私達ペアは牛窓で開催される全日本選手権に向けて練習に励んでおりましたが、どうしても順風以下でのボートスピードが人並みに速くなりませんでした。琵琶湖予選でも苦戦し、ギリギリで通過致しました。その時、全日本に向けて私の出した解決策は、「新しいマストを買う!新しい道具を揃えれば新しいスピードが生み出せる!はず。」というものでした。それで貯金をはたいてマストを買って、スプレッダーの位置とかを確認しようと思い、今まで使っていたマストの横に並べてみました。そうしたら、新しいマストが今まで使っていたマストより30mmほど長かったのです。それから測定し直してみると、今までのマストがルールMAXよりも短かったことが判明致しました。正しい長さのマストを使うと、それまでの艇速の遅さがスッキリと改善され、全日本でも優勝できちゃいました。

そんな私の経験上、マストの長さというのは非常に重要なのです。もしかしたら、マストヒールの下にプレートを挟んでパワーアップを図る、なんていうインチキは、既に皆がやっていて私だけが真面目にルールを守っているだけかもしれません。こんなことを書いたら、このインチキを皆が実行してしまうかもしれませんが、インチキは駄目です。道具のインチキはドーピングと一緒です。絶対に止めましょう。しかしインチキを思い付くのも発想力の高さを表すものですので、色んなインチキを考えてみるのは良い事かもしれません。ただ、レースではやっちゃ駄目。

また、“強風時にはローベンドするセッティング”という言葉を良く耳にします。

なぜローベンドさせるのが良いのか?

ローベンドとは、マストの下部をベンドさせる事です。グースネック付近のベンドのことですね。強風時にはセールの揚力中心点を下に下げて、オーバーヒールしようとする力を小さくしてやることが理想的です。その為に、マストを後傾させて(レーキ値を小さくして)やったりしますが、マストが後傾するだけですと、セール揚力中心点が下に下がると同時に後方へも移動するので、ウエザーヘルムが増し、それによるラダー抵抗が増加します。ローベンドが実現できれば、なるべくウエザーヘルムの増加を押さえながら、セール揚力中心点を下に下げる事が出来る事になります。またグースネック付近のベンド量が増す事により、メインセールの下の部分のカーブを浅くする事が出来ますので、ジブとのスロットルが開き、スムーズに風を逃がす事が出来ます。というのが私の勝手な理屈です。

昔、学生の3回生の時に村井ヨットのスナイプに乗っていて、プロクターマストを使っていたのですが、私は普段からバングを引き過ぎていた為に、マストに癖がついて強制的にローベンドされたマストになってしまいました。しかし、それが強風時は圧倒的な速さ。学生相手なら先行艇にタイトカバーでブランケットされても、その位置から先行艇の真後ろまで上って、そこから更に上りながらバウを出し、反対にブランケットできるくらいに速かった。本当に。でも曲がり過ぎて今にも折れそうになったので、後輩とマストを交換してあげて、その後輩がそのマストを折って、弁償して新品のマストを買ってから、またその新品のマストと交換してあげました。以上、余談。

ローベンドさせる為には、どうしたら良いのか?

よく解りません。マストを加工するのであれば、スティフナ(バングとかをシャックルで止める穴が空いている板のところ)を短くしたり、グースネック付近のグルーブ(メインセールのボルトロープを通すところ)を削ったり、穴を空けたりすることも出来るでしょう。プロクターミラクルであれば、マストが2重構造になっているので、リベット類を全部外して内側のマストを抜いて、曲げたい部分を削り取り、もう一度はめ直す、なんてことをしている選手も居られるそうです。上記のような加工によるマストをベンドさせる工夫は、今のところ私はしていません。自分のお給料の中から買ったマストなので、変に加工して折れてしまうのが恐いのです。高価な道具はより長期間使えるように努力する。それが貧乏セーラーの鉄則です。

マストを使いこなし、最適なセッティングを実現させる上で一番重要な事は、3次元で現象を考える事。マストは前後にベンドするだけではありません。左右にも曲がります。紙に絵を描いて考察するだけでは絶対に真の答えに近づく事は出来ません。あと、実際に帆走している状態をイメージすること。陸上でメジャーを上げて測っても、それは帆走状態ではありません。実際にメインシートを引き、バングを引いた時にどうなるのか、風圧がセールに掛かった時にどうなるのか、それを海上でしっかりと確認しなくてはなりません。メジャーやテンションゲージで数値を取るのは、ただ単に“昨日と同じセッティングをする為”の目安にしか過ぎません。

また、陸上でテンションゲージでステーテンションを測る時に、ただジブハリを引いて数値を取るだけではなく、バングを引いた状態、もっとバングを引いた状態、バングを引いてメインセールが風下に出ている状態、フォアプラーを引いている状態、アフタープラーを引いている状態、プラーで固定しているだけの状態、プラーで固定していない状態、等々の数値を取ってみましょう。またマストの曲がり方を縦方向だけでなく横方向も、プリベンド量だけでなく、ベンドの中心点がどこなのか、見る視点を色々変えて確認してみましょう。色んなことが解ってくるはずですし、セッティングを詰めていく上での何かのヒントになるはずです。

 

長々と書きましたが、くれぐれもマストは折らないように。高価ですから。


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